CREATOR FILE Vol.09(Interview ver.)

ぱやらぼ

葛西薫(かさい・かおる)さん

 


 

「弘前でもできる」を伝えたい

 

弘前市民にとって誇りであり、毎年多くの観光客が世界中から集まる「弘前さくらまつり」。日本一の桜とも呼ばれる見事な桜が咲き誇る中で、2018年は地面に投影された花筏を自分で作る「デジタル花筏」に長い行列ができ、大きな賑わいを作っていたが、実は地元の市民団体が手がけたことを知っているだろうか。デジタル技術で駆使し、弘前を盛り上げている葛西薫さんに話を聞いた。

 

▲デジタル花筏の様子

 

「とにかくゲーム三昧。RPGが大好きで、毎日ひたすら遊んでいた」と幼少期を語る葛西さん。当時発売されたファミコンに感動し、お小遣いはすべてゲームに注ぎ込んだ。「昔から仕組みを調べたり、考えたりするのが好きだった」と話す通り、ゲームの仕組みや構造についても興味を持ち、小学生ながら雑誌を買ってゲームプログラミングに挑戦するほどの熱中ぶりだった。

 

工業高校に通っていた高校時代、プログラミング言語を学ぶ中で「ポケットコンピュータ」(通称:ポケコン)という小型コンピュータに出会う。自分で入力したコンピュータ言語が液晶の中で反映されたり、文字が動いたりすることに面白みを覚え、学校が終わってもずっとポケコンをいじっていたという。高校卒業後は県内の電機メーカーの工場にエンジニアとして就職し、20歳で結婚。その後も約8年間務めていたが、「ある日長期出張を命令されて、断ったらクビになっちゃった」と笑う。

 

その後は商品の卸会社や工場勤務などを転々として、32歳の頃に現職の電子部品メーカーに勤める。それまでの間はお祭りの駐車場スタッフや遺跡発掘調査、米運びのアルバイトなどもしながら生計を立てる時期もあったという。「当時から定職に就くのは選択肢のひとつにすぎないと思っていて、本当は個人でゲームでも作って暮らしたいという野望があった」と話す通り、オンライン上でシステム開発の仕事を請けていたこともあったが、「家を建てたことや子供を育てていく中で、何かを作りたいという想いは一度諦めてしまった」と話す。

 

 

転機はiPhoneなどスマートフォンが急激に普及していた2010年ごろ。アップル社がシステム開発者向けに、専用アプリなどを年間1万円程度の登録料で利用できるサービスを開始し、葛西さんは「これがあれば自分でもゲームが作れる」と迷わず登録したという。

 

そして約半年間で「ポケット弘前城」というiphoneアプリが完成。忠実に再現された弘前公園をスマホの中で散策できるだけでなく、ゲーム内でコメントを書くなどのSNS機能も付いた本格的なものだった。その後、葛西さんのもとにはアプリの存在を知った人たちから連絡が来るようになり、一度会ってみることに。交流をするうちに音楽や映像を作れる仲間が増え、「みんなで集まれば面白いことができるかもしれない」と市民団体「ぱやらぼ」がスタートした。

 

▲「ポケット弘前城」内の弘前公園と実際の写真。忠実に再現されていることがわかる

 

常に新しいものを探していた葛西さんは、当時まだ日本には浸透していなかった海外のプロジェクションマッピングに興味を持つ。早速その仕組みを調べると「これならできるかもしれない」と1から勉強が始まり、2013年の「弘前城雪燈籠(どうろう)まつり」では雪で作った灯籠の全面に360°の光のアニメーションが映し出される3Dプロジェクションマッピングを公開。弘前の歴史あるお祭りとデジタルが融合した最初の瞬間であった。

 

 

 

雪燈籠まつりでは毎年規模を大きくしながら新しいことに挑戦を続ける一方、大阪の「OSAKA光のルネサンス2015」では歴史ある建築物の壁面に、光のデザイン画を照射するプロジェクションマッピングを成功させ、そのクオリティーは県外からも高い評価を受けることになる。

 

 

 

その後も青森の八甲田丸や八戸の「はっち」の壁を使ったプロジェクションマッピングなど、歴史ある各地の建造物を使い、デジタルとの融合でコンテンツを創り出す「ぱやらぼ」、そして葛西さん。2018年からは「インタラクティブコンテンツ」(※)にも挑戦するが、プログラムを駆使しての導線設計は葛西さんの学生時代から学んだ得意分野。「今になって役に立つとは。無駄なことはないなと感じた」と話す通り、前述の「デジタル花筏」はもちろん、2019年の雪燈籠まつりでは弘前駅の床に映像を映し、画面上のボールを蹴って遊ぶゲームで子供たちを賑わせた。
※人の動きをセンサーで読み取り、その動きに合わせて変化するコンテンツ

 

 

「お客さんの反応が一番嬉しい。ぱやらぼの仲間も頑張ってくれてるし、これからも新しいものでみんなに喜ばせたい」と意気込みを話す一方、「やっぱりバグは怖いし、無事に終わったら正直ほっとする」と本音も。

 

地元・弘前でデジタルコンテンツを作っていることもモチベーションの一つ。「ぱやらぼは『地元でもこういうことができるんだよ』というコンセプトで活動している。なんでも東京で作るのではなく、津軽にもデジタルを使って新しいことに挑戦している人たちがいることを今の若い世代にも知ってもらえたら」と話す葛西さん。次は何にチャレンジしようか…、まるでゲームを楽しむようにPCで作業をする表情が印象的だった。

 

 

 

 

取材 文・写真:下田翼